昔書いた漫画を一人用の朗読にしました。

不死の神様(?)がずっと死ぬことを求めている話です。

最終更新日:2020/09/12

長編ファンタジー（約10分）

僕はジョンスミス。
と言ってもジョンスミスってのは偽名だ、
そもそも本当の名前なんて
もう思い出すことは出来ない。

僕は老いることなく幾万幾億の時を生きている。

時に人は、僕を神と呼び、
時に悪魔と呼んだ。
生まれ変わることなく、生き続ける
それは言葉では表し様の無いほど
辛く、孤独な日々だった。

不死は呪いだった。

愛した人を救うため禁忌とされていた
術を使い、そして失敗した。
僕は恋人を失い、禁忌を侵した代償として
永遠の時を生きる事を余儀なくされた。

誰か、誰か僕を殺してくれ。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

とある時代のとある日、僕は水の都
ヴェネツィアに居た。

目的は恋人の生まれ変わりを
探し出し、そして、殺してもらう。

僕にかかった不死の呪いは
僕と同じ種族にしか解くことは出来ない。
僕と彼女が最後の生き残りだった。
彼女が死んでしまえば、呪いを解く
者は永遠に居なくなる。

そう思って全て諦めていたが、長い年月を生きる最中、
彼女の波動を感じる瞬間が何度もあった。
その波動を辿り続け、
結局一度も彼女と会う事なく今日という日を迎えてしまった。

彼女は何度も人間として生まれ変わることで、
かつて自分が神のような存在であった事を思い出す頻度が少なくなっていた。

彼女を見つけ出したとしても
僕の事を覚えていないかもしれない。

だとしても。

僕が死ぬためには、彼女を頼るしか無かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

彼女の波動は、本や巻物、絵画や人形
無機物に宿っているケースが全てだった。

けれど、

今僕とすれ違った少女から
微かに彼女の波動と似たものを感じた。

まさか、あの少女が彼女の生まれ変わりか？

僕は感覚を研ぎ澄まし少女を見た。

違う…、彼女じゃない。

遂に頼みの綱である、波動を感じ取る力すら機能しなくなってしまったのか。
何百年か振りにゾッとした。

いよいよ僕は地球が爆発して宇宙の塵となる、その日まで生き続けるのだろうか。

そう思った矢先、露店で彼女の波動を感じる腕輪を見つけ購入した。
力が鈍ったわけではないようだ。
安堵に胸を撫で下ろし、人の目がない事を確認して屋根の上にワープした。

僕は体を影に変える事が出来る。

今日は満月を眺めながら、ここで眠る事にしよう。

もう、何度目の夜だろう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次の日。

屋根の上で気配を消し、休息をとっていた僕の元に、昨日道ですれ違った少女が会いに来た。

彼女は、“違和感”を感じ取る力に優れているらしい。
人間に混ざって歩く僕に“違和感”を感じ取ったようだ。

天真爛漫を絵に描いたような少女は僕にとても興味を持っていた。

あれこれと質問され、隠す事なく僕は答えていった。
僕が神様のような存在だとは信じなかったが、僕の背中に少女を乗せて
ヴェネツィアの空を一周してみせた所、
不思議な存在であるという事は信じたようだった。


水路を通過するゴンドラを眺めながら
少女と会話をしていた時、背後から少女を呼ぶ声がした。

母親のようだ、訝しげに僕を見ていた。

合点がいった。

彼女に似た波動を少女に感じた理由。

少女の母親が恋人の生まれ変わりだった。

彼女は僕を見ても不審がるだけで、
何も覚えてはいないようだった。

少女は母親に連れて行かれ
僕は一人取り残された。

その日から、
僕は彼女に前世の記憶が蘇らないか、
観察する日々が始まった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人の善悪などさして興味は無いが
彼女はあまり褒められた人間ではないようだった。

不倫相手にそそのかされ、実の旦那を手にかけてしまった。
少女はその事を知らず、不倫相手を新しい父親として迎え入れている。

もっとも、少女は“違和感”を“感じる”力を持っている。
新しい父親を快くは思っていないようだ。

そして遂には、少女すら殺してしまおうと男は母親に持ちかけた。
母親は流石に反対したが、男は半ば脅迫気味に話を推し進め、彼女も最終的には了承してしまった。

計画当日。

町は寝静まり、暗闇が支配する中。
少女のベッドの上で、銀色に光るナイフが月の光を反射する。

『殺すのか？』

震える母親に、つい話しかけてしまった。

ドアが開き、銃を持つ男と目が合う。

『なんだてめぇ、どこから入ってきやがった！？』

男はすぐに拳銃を構え、引き金を引く。

僕は体を影に変えて弾を無効化し、
少し驚かしてやろうと天井に頭がつくほどの巨大な化け物に姿を変えた。
男と母親は恐怖で失神。
何も知らず眠りこける少女の寝息だけが寝室に響いていた。

その時、

露店で買った腕輪が光り、
少女の母親ー、いや、
前世の記憶を思い出した彼女が話しかけてきた。
肉体の精神が恐怖で破壊され、
彼女の意識が表に出てくる事ができたらしい、
生きて動いてはいるが少女の母親は死んでしまった。

僕と彼女、二人の間に気まずい空気が流れる。

彼女は言った。
会いに来るとは思わなかった、と。
今の私はもう人間なのだ、と。

そんなことはどうでもよかった。
ずっと、ずっと、終わりを求めてきた。
殺してくれ、終わらせてくれと
僕は彼女に頼んだ。

けれど彼女は聞き入れてはくれなかった。

涙を流しながら、
まだ僕を愛しているから
殺せない、と。

そして次生まれ変わったら
僕と共に生きて、共に死のう、と。

娘のために、今回の人生は僕と死ぬわけにはいかないと告げられた。

ただ死にたいと願ってきた僕は
彼女の立場で考えたことはなかった。

『僕は君を泣かせてばかりだ』

彼女は言った、待っていてほしいと。

つい、笑ってしまった。
何千年か振りに笑った気がする。
数億と生きてきたのだ。

『君の来世なんて、僕にとってはあっという間さ』

僕はそう言って
その場から影になって消えた。

少女は変わってしまった母親に違和感を覚えるかもしれない。

人間の短い一生。
どうか少女と彼女の人生に幸多からんことを。


不死の誓約

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